沈みゆくアメリカの医療保険


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私的な話ですが、生後6ヶ月の長男がとある病気で入院したことがあります。

小児科で診てもらったところ、「生まれつき肛門の穴が閉じてしまっている鎖肛という病気」で、「命の危険はないが、すぐに手術が必要」との診察でした。

生まれたばかりの子どもの手術でしたから、夫婦ともに気が気ではありません。長男と妻は2週間近くの入院生活を余儀なくされましたが、なんとか手術は無事に成功。小児科医の定期的な診察を受けることができました。

手術後は4~5年ぐらい定期的な診察に通いましたが、住まいのある千葉県松戸市からの助成もあり、経済的な負担はごく僅かで済みました。普段は正直「高いな・・」と思っていた健康保険ですが、このときばかりは健保があって良かった!と心から思ったものです。

これが海外だとどうなるでしょうか。
日本のような国民皆保険制度を導入していない、アメリカの例を見てみます。

以前、ホノルルで盲腸の手術を受けると約250万円かかるというエントリーを書きました。あまりに医療費が高いので日帰りが基本で、入院したとしても1日ぐらいだともいいます。

わたしの子どもの手術のように、2週間の入院+手術が必要な医療を受けようものなら、おそらく数百万円(もしかしたら1千万円超え)もの医療費が必要になるはずです。

アメリカの自己破産の6割は医療費が原因とも言われます。もしわたしがアメリカ人だったら、当時はまだ20代半ばで貯金も僅かでしたし、子どもの医療費負担で自己破産コースまっしぐらだったと思います。ぞっとする話です。

さて。たまたま本屋に行ったら堤 未果氏の新刊が並んでいたので読んでみました。
ベストセラーとなった前著「貧困大国アメリカ」3部作の続きです。




アメリカには日本のような国民皆保険制度がないため、医療費が異常に高いということは前述のように知っていました。しかし、オバマ大統領が国民皆保険(通称:オバマケア)を実現することを公約にしていたはずです。

日本以外にも、例えばアメリカの隣国カナダも国民皆保険を導入していますし、国ごとに制度は違えど、主要先進国で国民皆保険を導入していなかったのはアメリカぐらいです。入院や手術でもしようものならバカ高い治療費で破産する世の中となっていたアメリカですから、オバマケアの導入で健康保険制度が出来るのであれば、それはアメリカ国民にとって素晴らしいことだと思っていました。

しかし本書によると、オバマケアの導入によって、ますます医療問題が酷くなっているといいます。

なぜかといえば、日本の国民皆保険は「公的な保険制度」ですが、オバマケアは「民間の健康保険を企業・国民に強制的に購入させること」が本質だからと指摘されています。

民間の健康保険ですから、保険会社は収益性を損ねないように制度を作ります。オバマケアには「HIV感染者やがん患者でも加入が拒否されるようなことがあってはならない」という決まりがあるそうです。

そのような前提で、民間保険会社が健康保険制度を作ったらどうなるでしょうか。当然、とんでもなく高価で、限定的な保障しか受けられない制度になります。高価な治療薬などが保険の適用外になってしまっては、結局のところ自己負担額が増えるか、満足な保障が受けられないかのどちらかになってしまいます。

また、日本だとほとんど全ての病院で自己負担3割で治療が受けられますが、オバマケアはまったく違うそうです。実はオバマケア保険は手数料が少ない(=病院・医師からすると儲からない)ことから、オバマケアに参加している病院は、全体の30%程度しかないそうです。この結果、アメリカ国民の大多数は高価で、条件の悪い保険に入らざるを得ない状況になり、しかも診てくれる医師も少ない、という悲劇的な状況に陥っているのです。

さらに、オバマケアは非正規雇用者を大幅に増加させてしまいました。オバマケア制度は、被保険者が正規雇用者に限定されていたため、健康保険料を負担したくない多くの企業が正規雇用者を解雇、もしくは非正規雇用者に格下げしたそうです。

民営化、自由競争が行き過ぎた結果、医療・保険といった生存権に関わる分野すら行き過ぎたビジネスと化してしまい、医療費負担による貧困はますます深刻化しているようです。

世界のどの国でも、医療の提供についてはどこかで線引きをしています。

日本では健康保険が適用される医療、適用されない医療(先進治療、美容整形など)というところで線引きがされていますが、その代わり保障はすべての人に、ほとんどの医療機関に適用されます。だから、日本では病院にかかれないことが理由で命を落とす人は極めて少ないと思います。

一方のアメリカでは、最先端の医療を思う存分受けられる豊かな人がごく少数いる半面、当たり前の基礎的な医療すら受けられない人もいます。アメリカでは経済力があるか、ないかといったところで線引きがされていて、何千万人もの人が虫歯すら治すことができないのです。

アメリカの惨状は、果たして対岸の火事なのでしょうか。

日本でも多くの自治体で加入者の高齢化などに伴い、保険給付が年々増加している現実があります。財源の問題は避けて通れないように思えますし、医者不足、介護不足も不安です。

また現在、TPP、医療法人の株式会社化、医療特区の議論などが進んでいますが、本書で著者の堤氏は、アメリカのウォール街、医療複合体が次に狙っているのは日本市場だと警鐘を鳴らしています。

本書を読めば日本の健康保険はアメリカに比べて格段に安く、そのうえ国内のどの医療機関でも通用し、貧富の差が少ない公平な医療を受けられる事実を改めて知ることになります。ただし、その状況は将来に渡って保証されている訳ではありません。

わたしの専門である生命保険の世界でも、「医療保険はいらない。なぜなら日本には素晴らしい健康保険制度があるから」という主張があります。確かに今はそういう考え方もできますが、「健康保険を含めた社会保険制度が今ほど機能しなくなったときにどうするのか」という視点も持っておくべきとも思えます。

非常に勉強になる1冊でした。ご興味があれば、過去作を含めご一読をお勧めします。














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